mixiに無数にあった青臭い日記は、今どこで読めるのか?
過去、みんなもっとポエティックな文章で感情的なことを、SNSで配信していた気がする。
あぁ〜みんな私の気持ち気づいてくれないなぁ。的なやつ。(←絶望的に例文が浮かばないけど)
ギャルの文化なのか、携帯小説の”Deep Love”なんかが、そのとき大いに流行っていた気がする。
とある私の友人は、そんな日記やブログを忌み嫌ってか、わざわざリンクと読んだ所感を書いたメールなぞを度々送ってきていた。
今思うと、あれは、好きの裏返しなのかもしれない。
mixiのIDは、とうの昔に削除してしまったし、あのエモい文章をどこまでまた読みたいものだ。
今の学生は、あのエモい気持ちを、どのSNSで発散しているのだ。
このブログだって、下手に過去を読み返せば、気恥ずかしさでのたうち回れるが、人間30超えると過去を振り返らないことだ重要だと思って無心で書いている。
今日のまとめ
この文章が辞世の句になるかもしれないと思って執筆せよ。
”連休前、掲げし多くの志。
一つの進捗もあらぬまま、最終日終はらむ。
死にし後にやるべしや”
しばらく麒麟は来なそうです。
隣の芝生は青く、草がボーボー
私達は、自他共に認める田舎に住んでいるので、家の周りは、畑と田んぼだらけだ。
此処も御多分に洩れず、少子高齢化が進んでいるせいか、一目見渡しても休耕田が目立つ。
ところどころ、もう人の住んでいない廃屋も点在している。窓が割れぱなしで、中の家財が腐ってないか、凄く心配になる。
そういえば、この町は、海と山に挟まれているため、田舎にしては土地の値段が高いらしい。
手入れや使用予定がないのなら、使いたい人へ売ってしまえばいいのに、とか思うが、実際土地なぞ持っていたら、自分の代で、先祖代々の土地を売るのは、躊躇われるや、そもそもそれすら面倒だの考えるだろう。
実は我が家にも、ベランダで何も植えられていないプランターがある。
私はそれを見て見ぬふりして、人の持ち物の文句を書いて、憂さ晴らししている。
朝、草刈機のエンジン音で目を覚まし、日がな一日、ぽかんとその様子を眺めている。
朝は藪だった所が、昼には道になっている。
建設的なものだ。こちとら、まだ酸素を二酸化炭素に変えてしかいないのに。
まぁ、その二酸化炭素が畑の野菜や田んぼの稲を育てていると思おう。
さて、なにかメシでも買い行こう。今夜はハンバーグだ。